「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
ライフ 12 ソウルメイト(後編) 10/4/2003

たくさんのメール、ありがとうございます。多すぎて、全部に返事できないかもしれません。親しい友人達から、

「あんないいとこでやめちゃダメですよ。早く、続きを書いてください!」

とお叱りをうけました。(笑)

 

さて、ミユキさんと別れてから、私の身体の中で、変化が起こったようで、身体中が熱くなったり、喫茶店で、座っているだけで、勝手に首が動いて、軽いトランス状態に入ったりするようになりました。特に、表面上は、何も変らないのですが、何かが変っているのが、自分で実感できました。

テレビで、「ゴミ屋敷」という番組があり、ゴミを捨てなくちゃいけないとわかっていながらも、つい、捨てられず、家の中が、ゴミだらけになっていまうお婆ちゃんのシーンを見たことがあります。その後、番組のスタッフたちが、その家の掃除に行き、その家の大掃除をして、スッキリするのですが、ちょうど、私の心の中の状態が、そのような感じになっていました。今まで、ずっと溜め込んで、腐っていたゴミが、少しづつ出て行き、きれいな空気と光が差し込んだようなのです。

まあ、全部出て行っているわけではないので、まだ少し残っているイメージですが。少しづつ、確実に、心が軽くなっているような感じがします。

 

24日の夜、ミユキさんと別れて、数時間、それまでに起こったことを、自分なりに、慎重に分析してみました。

「ソウルメイトって、どんな人なんだろう? 美人だろうか? 歳は何歳だろう? やさしい人だろうか? 仕事は何をしているのだろう?」

いろいろな想像、不安が、でてきました。

「天上界から、何か自分にやってもらいたいことがありそうだが、自分は、そのようなことができる器だろうか? 騙されているのではないか? 実は、低級霊のしわざではないか? いたずらされているのではないか?」

いろいろなことが浮かんできます。でも、だんだん、いつものように、ポジティブに考えるようになりました。

「ソウルメイトの人に、会ってみるまで、わからないのではないか? 行動する前に、悩むなんて、自分らしくないぞ!」

「ミユキさんの能力は、本物だ。あれは、どう考えても、インチキではない。自分にそのような器がなければ、そのような仕事はこない。仕事というのは、基本的に、できそうな人のところにしか、回ってこないのだ。よし、試しに、この流れにのって、この流れも、ワクワクしながら、楽しんでやれ!」

だんだん、小心な自分から、また、自信に溢れた自分に戻ってきました。

 

1ヶ月以上、サボっていた、トレーニングをしに、久しぶりに、ジムにも行きました。このジムでは、入会してから、1年近く経ちますが、一度も、ヘビーウエイトのバーベルを、持ち上げたことがありません。もう、競技者でもないし、大会にでるつもりもないので、当たり前ですが、ひたすら、レクレーションのバーベルを楽しんでいます。誰も、私が、世界チャンピオンだったことを知りません。

たまに、トレーニングしている人から、

「いい身体、してますねー。何か、やっていたのですか?」

と聞かれるのですが、

「昔、ちょっとだけ、パワーリフティングをかじったことがあってねー。」

なんて、返事しています。けっこう、これが、自分では快感なのです。本人にしかわからない感覚かな?(笑)

「強さ(力)」から、「愛」に、学びが移ったことは、最近うすうす感じます。ムチャ、弱くなっているのです。肉体的にも、精神的にも。しかし、「強さ(力)」を否定する気持ちにはなりません。やはり、これも大切なことだと思うのです。

「強さ(力)」と「愛」は、対立するものでも、異質なものでもなく、ただ、「別の強さ」に移行したものが、「愛」だと、感じています。ミユキさんと相談していた時も、

「強さに執着すること自体が、弱さだ。本当の強さは、強さも手放せる、執着のない心だ。これが、もっと強い強さだ。」

こう思って、「強さ」を手放すことにしたのです。まあ、「愛」は、私にとって、まだ未知の世界で、学びが始まったばかりなので、これから、いろいろ学んでいこうと思います。読者の皆さんは、私よりも、たぶん、先輩だと思うので、いろいろ教えてくださいね。特に、女性の方、アドバイス、よろしくお願いします。ペコリ。(笑)

 

24日の夜遅く、福井県のYさんに、電話しました。しかし、通じなかったので、メールを、送信しました。それでも、なかなか返事がこないので、25日の夜、直接、また、携帯電話に、電話しました。

Yさんは、礼儀正しく、話してくれました。全部は、話せないので、とりあえず、

「昨日、Yさんと別れた後、凄い霊能者に会って、いろいろな話を聴きました。私とYさんは、過去世で、兄弟だったそうです。Yさんの妹さんとも縁があるようなので、一度、3人で会いましょう。3人で会うことは、何か、とても大事なことのようです。早ければ、早いほどいいです。自分のほうは、明日、26日の夜でもいいです。往復飛行機で、日帰りでもいいです。1〜2時間ほど、妹さんを交えて、3人で食事をする機会をつくっていただけないでしょうか?」

こう話すと、快く、「OK!」の返事をいただきました。

「妹は、3人いるのですが、どちらのほうの妹ですか?」

こう聞かれたので、

「沖縄で、剛柔流の空手をやっていたほうの妹さんです。」

こう言うと、Yさんは、

「わかりました。その妹でしたら、現在、一緒に住んでいます。帰って来たら、聞いてみます。」

こう返事をもらいました。それから、翌日、

「いきなり、今日は無理なので、29日の月曜日、夜6時くらいから、福井駅の近くで、3人で食事しましょう。私は、その日の午後、半休をとりますので、午後3時に、JR福井駅の改札口で会いましょう。」

こういう返事をいただき、29日の午後、会う約束をしました。

 

28日の日曜日は、私のオフィスで、キネシオロジーのセミナーでした。最初の10分くらい、私の身に起こった、数々の不思議話をしました。皆さん、興味深く聴いていました。

「実は、明日月曜日は、過去世で結婚していた、お嫁さんに会いに行くんですよー。楽しみです。ソウルメイトらしいです。」

いきなりこういう話ができるのも、私が主催するセミナーの面白いところです。ランチの時間も、懇親会でも、この話で、盛り上がりました。

「結婚がしたい!」

キネシオロジーの実験で、5年間やってきて、初めて、この言葉で、「ON!」になりました。ここ5年間、ずーっと、「結婚」で、「NO!」だったのが、魂レベルで、

「私は、結婚したい!」

と言っているのです。これは、驚きでした。これまでに、なかったことです。

 

9月29日(月)。朝、いつもとは違う、清々しい目覚めを経験しました。荷物をまとめ、一泊旅行に出かけました。ホテルは、福井駅に着いてから、決めようと思いました。

東京駅から、新幹線に乗りました。身体中が、意味もなく熱くなってくるのです。

窓の景色を見ながら、いろいろな思い出が蘇ってきました。10〜20代の頃やった恋愛のことばかり、浮かんでくるのです。好きな女の子と話している時、胸が、キュンとなる体験は、ほとんどの人が体験していると思うのですが、今回の、福井で会う女性のことを考えると、そのような、キュンというような感じではないのです。「ジーン」という静かな感触が、胸の辺りから、湧き上がってくるのです。

「本当のワクワク」というのは、飛び上がるような躍動感のあるワクワクを想像する人が多いと思うのですが、私の個人的な経験では、そういうのは、偽物が多いです。本物は、どちらかというと、静かなワクワクが多いようです。

新幹線の中で、ホピ族の長老から伝授された、「MAP(地図)」のことも、気になりました。どのようなものだったのか、頭(顕在意識)では、覚えていないのです。魂では、覚えているらしいのですが…。

ミユキさんは、地球上で現在、「本当の愛(神様の愛)」をもっているのは、このホピ族の長老の生まれ変りの人(誰かわからない)と本間先生の二人だけだと言っていました。また、ホピ族とバシャール(BASHAR)も、深い関係があると言っていました。さらに、私は、日本、アメリカ、中国と強いコネクションがあると言っていました。もしかしたら、だから、この三つの文化が混じった、「沖縄」という土地を選んで生まれたかもしれません。

ちなみに、私のE−メールアドレスやサイトのURLには、二つとも、「tomaatlas」の文字が入っていますが、これは、「toma(トーマ)」という私の苗字と「atlas」という文字を組み合わせたものです。

「atlas」といのは、ギリシャ神話にでてくる怪力の巨人の意味でつけたのですが、あとで、友人のカイロプラクターから聞いたのですが、頸部の第一脊椎の骨のことも、「atlas」というそうです。一番重要な骨だそうです。自分自身は、実は、アメリカの有名なプロレスラーでパワーリフターだった、「トニー・アトラス」という怪力の黒人選手がいて、この選手の怪力に憧れていたことから、これにあやかって、「トーマ・アトラス」、つまり、「tomaatlas」という文字をつけたのですが、この「atlas」という言葉は、ほかに、「地図」という意味もあるようです。面白いですね。

自分自身では、この「MAP(地図)」は、私のこのエッセイの内容とキネシオロジーの二つに、隠れているような気がします。それが何かはわかりません。

 

さて、2時30分頃、福井駅に着き、少し早く着きすぎたので、近くの喫茶店で、時間をつぶしました。それから、3時ちょうどに、駅の改札に行ったら、もうすでに、Yさんが、待っていました。

「また、こんなにすぐに、福井で会うとは、思いませんでした。」

二人で、このような挨拶をしました。過去世で、兄弟だと知ったせいか、2回目の出会いなのに、すぐに親しくなりました。

Yさんは、車で来てくれて、二人で、ドライブに行くことにしました。

「トーマさん、妹は、午後5時過ぎまで仕事なので、6時に、私の家の前で、待ち合わせすることにしました。それまで、3時間もあるので、ドライブしましょう。」

自然に、車は、海に向かい、海岸線をドライブしていました。いろいろな話をしました。妹さんの詳しい話をしようと思ったのですが、タイミングを外し、話そびれてしまいました。

途中で、車を止めて、日本海の海を、二人で、ボッーと見ていました。

「この先の中国大陸で、Yさんとは、兄弟だったのかー。」

こう思うと、なんともいえない気分になるのです。何年前か知りませんが、まさか、未来に、日本という国で、二人が、このような形で、再会するなんて、おそらく思わなかっただろうと思うと、本当に、不思議な感覚になるのです。

ドライブの途中で、音楽が聴きたくなったので、Yさんに、何かCDをかけてくれるように頼みました。かかった曲は、なんと、懐かしの「YMO(イエローマジックオーケストラ)」でした。この曲は、私が、中学2年生の頃に流行った曲でした。「ライディーン」など、大好きで、よく聴きました。その頃、学校で、いじめられて、いつも学校に行きたくなくて、地獄の朝を迎えていたですが、いつも、この「ライディーン」を聞き、勇気を出して、登校していました。本当に懐かしい曲でした。

 

さて、約束の6時が近づいてくると、だんだん、落ち着かなくなってきました。Yさんが、おもむろに、私に、

「トーマさん、ちなみに、私の妹の名前は、ノリコというのですよ。」

こう言いました。なんと、私の母と同じ名前でした。その後すぐに、YMOのCDから、「チャイナガール」という曲が流れました。(笑)

車を止めて、待っている間、夜空を見上げると、私の目に、火星が映りました。

「あー、あの惑星で、自分は、ミユキさんに殺されたのかー。」

またまた、不思議な気分になりました。

10分ほど、車で待ったのですが、私には、1時間くらいに感じました。

しばらくすると、一人の女性が近づいてきて、車に乗ってきました。

「初めまして!」

とても礼儀正しく、挨拶されました。凄く綺麗な人でした。

それから、3人で、近くの蕎麦屋に行きました。まだ、独身で、29歳。仕事をしながら、空手道場で、子供たちに空手を教えていると自己紹介されました。空手では、国体で、入賞したこともあり、現在、四段の段位をもっていると言っていました。今年の12月に、東京の日本武道館でやる全国大会にも、出場すると話してくれました。

空手は、もう昔に止めましたが、空手をやっていた頃、

「いつか、子供たちに、道場で空手を教えたい…。子供たちに、強くなってもらいたい…。」

という夢をもっていたのですが、私ができなかった夢を、現在彼女がやっていたのです。感動しました。

 

沖縄で、剛柔流空手をやっていた話になったので、私が、

「沖縄では、どこの道場だったのですか?」

と尋ねると、

「那覇市の順道館という道場でした。」

と答えが返ってきました。なんと、私と同じ道場でした。私の後輩だったのです。私が道場に行かなくなった後に、入門したそうなので、すれ違いだったようです。

先輩や友達の名前を言ったら、全員知っていました。特に、高校からの親友、「田場くん」の後輩で、世話になった話には、ビックリしました。急に、沖縄にいる田場くんに、電話をかけたくなりました。すると、15年以上電話をかけていないのに、なぜか、彼の電話番号が、頭に浮かびました。これは、不思議でした。いなかったので、留守電に、メッセージをいれておきました。

「宮里 栄一」という先生が、この道場の館長でした。数年前に亡くなったのですが、ノリコさんは、この宮里先生にも、1992年頃、アパートの紹介など、大変お世話になったそうです。

「悪魔・シリーズ」でも書きましたが、17歳から19歳まで、精神的にひどく落ち込んでいた頃、「城間先生」という精神科医にお世話になっていました。この城間先生から、

「トーマ君、何か、スポーツでもやったらどうかね?」

とアドバイスをいただき、入門したのが、この「順道館」という道場でした。この道場は、私の曾お爺さん、「宮城 長順」という空手家の、「長順」という名前をとってつけられた道場です。宮里先生は、この宮城先生の一番弟子でした。

精神的に、ボロボロだったころに、宮里先生は、本当によく、私をかわいがってくれました。ノリコさんとは、この宮里先生の話で盛り上がりました。

二人とも、同じ沖縄の道場の同門で、同じ師匠から、空手を学んでいたのです。

Yさんも一緒だったのですが、あとから、Yさんが話しに入ってこれなくなるくらい、二人で盛り上がったのです。

 

その後、話足りないので、3人で、喫茶店で、お茶を飲もうという話になり、福井駅の近くまで、車で向かいました。

ノリコさんが運転し、私が助手席で、Yさんが、後部座席に乗りました。途中で、親友の田場くんから、携帯に電話が、コールバックで、かかってきました。

「イタルー、どうしたんだー? 久しぶりだなー? 今、どこからだ?」

こう聞かれて、

「今、福井県だけど、順道館の後輩、ノリコさんと一緒に、ドライブしているんだ。」

こう答えると、しばらく受話器の向こうで、彼が、絶句しているのがわかりました。

「ハアッ?」

ビックリして声も出ないようでした。すぐに、ノリコさんに代わり、久しぶりの会話を楽しんだ後、電話を切りました。しばらく、沈黙が流れました。

それから、順道館にいた頃の思い出が、走馬灯のように、蘇ってきました。「いじめ」や「しごき」などが、全くない道場でした。おそらく、「宮城 長順先生」の愛が、伝わっている道場だったのだろうと思いました。

みんなで、道場の雑巾掛けをしたり、訓練したり、酒を飲んだり、いろいろなことを思い出しました。昇段審査で、初めて黒帯を取った時の嬉しかった思い出。初めての大会で、先輩に、簡単に負けたこと。その後の、飲み会で、腹いせに酔っ払って、アメリカ人の人に、スナックで、喧嘩を売って、先輩たちからとめられたこと。それから、そのスナックの前のゴミ置き場に置いてあったベッドで眠り、親友の田場くんに、おんぶしてもらってタクシーに乗せられたこと。いろいろなことを、思い出しました。

「あなたの成功には、たくさんの人のサポートがあることを、覚えていてください。」

という宮城 長順先生の霊の言葉を思い出しました。急に、涙が出てきました。確かに弱くなっています。いや、素直になったのでしょう。隣に、ノリコさんがいるせいだったかもしれません。初めて会った女性の前で、涙を流すなんて、初めてでした。そのあとも、たくさんの思い出がでてきて、3回、涙を流しました。

 

福井駅近くのオシャレな喫茶店で、Yさんとノリコさん、私の3人で、おしゃべりをしました。私は、定番のアイスコーヒーを注文しました。(笑)

しばらく、とりとめのない普通の会話が、続きました。Yさんが、おもむろに、

「私とトーマさんは、過去世で、兄弟だったんですよね?」

いきなり本題をきりだしました。

「実は…」

こう言いながら、私は、Yさんに東京で会ってから、ミユキさんに会い、自分の過去世の話を聴いたこと。もろもろの話を、とちゅうで、口ごもったり、沈黙したりしながら、ポツ、ポツと話しました。

ノリコさんも、興味深く聴いてくれました。

「自分の魂の傷は、中国にいた頃の奥さんだった人じゃないと、癒せないそうなのです。そして、この奥さんの生まれ変わりが、ノリコさんらしいのです。」

いきなりこう言ったとたん、ノリコさんの表情が変ったので、少し後悔しましたが、そのまま、話を続けました。

「実は、ノリコさんとは、ソウルメイトらしいのです。自分は、ノリコさん以外の女性では、魂の傷は癒せないそうです。だから、その傷を癒すために、東京から、会いに来たのです。」

嘘をつくのは、下手だし、遠まわしの話もめんどうくさいので、全部本当のことを、洗いざらい話しました。

「ノリコさんに会って、何も起こらず、何も感じなければ、そのまま、食事だけしてから、東京に帰ろうと思っていました。でも、同じ、順道館の門下生、宮城先生、宮里先生の門下生だと知った今、これは、とても、ただの偶然だと思うことができません。それで、全部話すことにしました。」

また、しばらく長い沈黙が流れました。それは、そうでしょう。いくら、お兄さんの友達だからといって、会って2時間で、いきなり、「ソウルメイト」の話を聴かされるのですから。

「自分は、ノリコさん以外の女性とは、結婚するのは、難しいそうです。もちろん、自分は、原則としてなんでもできる力をもっているようなのですが、今の時点では、結婚の可能性があるのは、ノリコさんだけだそうです。でも、ノリコさんも、自分も、別の課題があるので、恋愛や結婚という関係にはなりにくと、ミユキさんという霊能者から、言われました。だから、二人は、今回の人生では、結婚しないようです。ただ、次の次の来世では、また結婚するそうです。」

プロポーズなのか何なのか、サッパリわからんような、プロポーズでした。会って、2時間ちょっとで、まさか、女性にプロポーズするとは、思いませんでした。Yさんも、そばで、あっけにとられて聴いていました。

「宮城 長順先生が、二人を結びつけたようですよ。宮城先生に感謝しましょう。恋愛や結婚などしなくても、最高に素敵な友達になれそうですよ。そうでしょう?」

こう言って、フォローしました。われながら、ナイスフォローでした。この言葉がなかったら、その場の空気がどうなっていたかわかりません。(苦笑)

「宮城先生も宮里先生も、私たちの道場に、でっかく、写真が貼られています。この喫茶店から、歩いて10分くらいの場所なのですが、よかったら、トーマさん、今から、道場に見学に来ませんか? 私の父も空手をやっていて、七段の腕前です。今度八段をとるつもりのようです。父もいるかもしれません。」

 

ノリコさんが、こう言ったので、3人で、福井駅の近くの道場に、行きました。もう練習が終わって、誰もいませんでした。灯りを点けると、道場の中央に、「宮城 長順先生」と「宮里 栄一先生」の二人のでっかい写真がありました。

ノリコさんは、いつも、この写真の前で、練習し、子供たちに、空手を教えているそうです。まさか、福井県で、宮城先生と宮里先生の二人に、同時に再会するとは、思いませんでした。また、涙が出てきました。

3人で、Yさんとノリコさんの家の前まで行き、ノリコさんを下ろし、私とYさんの二人は、温泉に行きました。

ノリコさんと別れるとき、いきなり、ハグしてしまいました。ムチャクチャ、その瞬間癒されていくのがわかりました。

温泉では、Yさんと、男どうし、じゃなくて、兄弟どうしで、久しぶりに、温泉に入りました。何百年ぶりかわかりませんが、いろいろな話をしました。(笑)

ノリコさんとは、これから、どうなるかわかりません。ただ、12月の空手の全国大会には、応援に行こうと思っています。

 

ミユキさんによると、私の今回の人生では、たくさんの人に、

「人間は、どんなに弱くても、本人の努力と天の助けを受ければ、こんなに強くなれるのだ。」

というのを教えるのが、一つの目的だったそうです。そして、この役目が終わり、これからは、別のことを、教えるようになるそうです。それが、天上界(霊界)の神々の意思だそうです。

まあ、どんな人も無限の可能性をもっていて、誰でも、最高に、ハッピーな人生を生きる権利があるということを、示すサンプルでもあるようです。私の人生は。

今回の福井県の旅では、「神の愛」を思い出すのも、目的だったのですが、最初、凄い宗教体験のような、神秘体験、至高体験を、想像していたのですが、思い出したり、感動したのは、何の変哲もない、平凡な日常生活でした。「普通の生活」なのです。考えたら、自分には、もしかしたら、一番不足していたものかもしれませんね。

「平凡に、普通に生きる。」

案外、このような生活に、凄い真理が隠れているかもしれませんね。(笑)

 

 

「ライフ・シリーズ」、もうちょっと続けようと思ったのですが、キリがいいので、これで終わっておきます。日本に帰ってからは、仕事が忙しくなり、なかなかエッセイも更新できませんでした。どうもすみません。

明後日、10月6日は、私の37歳の誕生日です。最高に、ハッピーな誕生日プレゼントを、もらいました。どうせ、また、100%もらって、10%しか返さないのかな?(苦笑) 

どのくらいのパーセントか知りませんが、読者の皆さんにも、ちゃんと、このエッセイで、愛を返しておきますね。もう、「愛のどろぼう」は、ボチボチやめにしようと思っているので…。(笑)

次回は、どういうシリーズで、いつからスタートするか、まだ未定ですが、また気が向いたら、新シリーズ、書き始めるつもりです。

いろいろ、このエッセイについて、考えたこと、感じたことがあれば、どんどん、メールくださいね。ただ、これから、忙しくなりそうなので、以前のように、全員に、一人一人と、ゆっくり話できないくなるかもしれませんけど。まあ、皆さんの「愛」は、しっかり、届いていますよ。

では、次回、新シリーズで、またお会いしましょう!

 

 

「・・・・・そうさ僕らは世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ、その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい・・・・・・」

by SMAP                                    

「世界でひとつの花」

 

 

 

 

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