「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
バシャール 17 シャーリー・マクレーン 7/5/2001

1997年5月17日、念願のロサンゼルスに着きました。

アメリカでの話は、もうたくさんありすぎるので、とりあえず「バシャール」に関係のある話だけに、今回は絞ります。また別のシリーズで、他の話はします。

さて、ロサンゼルス空港に着いて、母の友人の甥が、私を迎えにきました。空港から、その家まで、見る物全てが新鮮で、

「ワーオ! ワーオ!」

と訳のわからない歓声を、一人で上げていました。(笑)

その人たちの家は、「パロス・ヴァーデス」という高級住宅街にあり、とても素敵な家でした。その夫婦には、大変お世話になりました。

車もタダみたいな値段で売ってくれて、運転免許や保険など、全て面倒をみていただきました。

そこの家にしばらく住んでいたのですが、英語の習得には、アメリカ人の家に、ホームステイしたほうがいいということで、サンタモニカの英語学校に行くことにしました。その方が、私の希望の、「ベニス・ゴールドジム」にも近くていいと思いました。しばらく、サンタモニカのユースホステルに泊まり、アメリカ人の家に移りました。もう、最高でした。

午前中は、英語学校で英語の勉強でした。レベルが9あり、私は一番下の、レベル1に、最低点で入学しました。(笑)

久しぶりの学校は良かったです。世界中の人と友達になりました。そして、午後は、ジムに行き、外国人の「モンスター」たちと一緒にトレーニングしました。スポーツというものは、言葉が通じなくてもできるので、とても良いものだと、改めて思いました。

ビーチを散歩したり、映画を見に行ったり、「こんなに幸せでいいのかな? そのうちバチがあたるんじゃないかな?」などと思っていました。(苦笑)

ステイ先のアメリカ人も、とっても良い人たちで楽しかったです。

ある日、ビバリーヒルズにある、「菩提樹(ボダイ・ツリー)」というお店に行きました。この店は、「シャーリー・マクレーン」の「アウト・オン・ア・リム」という本やビデオで有名でした。そこで記念に、お店のT−シャツを買って家に帰りました。

ステイ先の家に帰ると、見知らぬ男の人が家で、料理していました。

「私は、あなたのホストマザーの兄です。ヨロシク!」

と挨拶されました。白人のガッチリした男の人でした。私のT-シャツを見て、

「あなた、もしかして、ボダイ・ツリーに行ったのですか? 素晴らしいですね。」

と言ってきました。私が「イエス」と言うと、とても喜んで、いろいろな話をしてくれました。料理を一緒に食べながら、「ニューエイジ」の話をしました。英語がほとんど喋れないのに、だいたい意味が通じたのが不思議でした。もしかしたら、言葉というものは、私達が思っているほど、大したものではないかもしれません。

冗談などで、だいぶうちとけてきた頃、急に、その人が、シャツを脱ぎました。何だろうと思ったら、体中に、たくさんの穴の空いた跡がありました。

「ミスター・トーマ、これは、ベトナム戦争の時、ベトナム兵から機関銃で撃たれた跡なのですよ。実はその時、死にそうになり、生死の境をさまよったのです。そして臨死体験をしまいた。それから私、精神世界に目覚めたのです。」

こう静かに話し始めました。その時に私が気がついたのは、よく「戦争」について、肯定的な意見を述べる学者や評論家がいますが、彼らの意見が何か、ピントがずれている感じがするのは、彼らが「戦争」というものを全て、「政治」や「経済」、「軍事」、「歴史」などを基準に考えているからだということでした。

「戦争」というものは、「痛み」から考えなくてはダメなのです。実際に戦場に行き、撃たれたり、切られたりしたら、「痛いのだ」ということです。

「戦争肯定論者」たちの、意見には、「どうせ自分は、戦場に行って戦うことがないから、大丈夫だ。」という考えが隠れているのではないでしょうか?

凄い弾痕の跡でした。そしてやさしい目で、私を見つめながら、

「私は、この体験をとてもよかったと思っています。おかげで、神に近づくことができました。ところで、あなたは、シャーリー・マクレーンを知っていますか?」

こう聞いてきました。私は、シャーリーの大ファンなので、

「もちろん知っていますよ! 彼女の本はほとんど読んだし、ビデオも持っています。日本でもとても有名ですよ!」

と言いました。すると彼も喜んで、

「そうですか。あなたも、シャーリーのファンでしたか。アメリカ人の中には、彼女はクレージーだと、悪口を言う人もいますが、私は、彼女は本物で、素晴らしい人物だと思っています。ミスター・トーマ、あなたは今、とても正しい道を歩いています。これからも自信をもって、その道を歩いて行ってください。きっと神の加護があると思います。」

だいたいこういう意味だったと思うのですが、彼は、私に熱く語ってきました。

私が、「バシャールは、知っていますか?」と聞くと、「NO!」と言ってました。「バシャール」が、アメリカではそれほど有名ではないということは、そのころようやく分かりました。「ニューエイジショップ」などに行っても、「ダリル・アンカ」氏の写真もないし、本もあまり置いていませんでした。

余談ですが、日本からその後、友人達が来て、シャーリーの家に遊びに行こうということになりました。しかし、マリブに行っても、アメリカ人の道案内がデタラメで、結局、家を探せませんでした。しかたなく、浜辺で皆で、

「アイ アム ゴード! (私は神だ!)」

と叫んできました。知ってますか? 「アウト・オン・ア・リム」のビデオで、シャーリーがやった遊びです。マニアックだなー。(笑)

実は、このエッセイを途中で中止しようと思ったとき、たまたま日本の書店で、また「アウト・オン・ア・リム」を見つけ、読んで勇気づけられました。

「シャーリーも、自分の体験談を世の中に出すとき、苦しんだだろうな? 自分のいままでに築いた地位を、全てなくす危険性もあっただろうな? それに比べたら、無名の自分のエッセイなんて、まだ気楽なもんだ!」

そう自分に言い聞かせました。(笑)

いつか、シャーリーにも会ってみようと思っています。きっと素敵な年齢の重ね方をしているのでしょうね?

 

 

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