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宮城先生は、「どうしたら人々が、悩みや苦しみ、悲しみから逃れることができるか?」という問題について、よく考え、話してくれました。たくさん聴いたのですが、そのうちの二つを紹介します。参考にしていただけると、嬉しいです。
まず、一つ目は、「猛勉強」だと話していました。私達が、悩んだり、苦しんだりする場合、その多くは、「勉強不足」だと言っていました。
「悩んだり、苦しむ時は、自分の勉強不足を疑ってください。どんな問題も、必ず、別の可能性、解決策があります。解決できない問題はありません。」
よく、こう言っていました。
例えば、ある日の講義は、「環境問題」についてでした。こういう話を聴きました。
「皆さん、目に見えないものを理解する場合、まず、目に見える物に、意識を向けてください。例えば、私達、日本人の思想のベースに現在、横たわっている思想が、何かわかりますか?」
こう質問してきました。続けて、
「身の周りを、見回してください。テレビ、机、椅子、洋服、腕時計、コップ、ペン、鞄、靴、ラジオ、電話などが、見えるでしょう? これらは、皆、欧米人が発明したものです。日常生活の中での音楽、歌、政治、経済、ビジネスなど、目に見えないものも、欧米文化です。実は、思想、特に科学というものも、欧米人がほとんど発明したもので、日本人は、その影響を、一番うけている民族なのです。」
こう、ゆっくりと、話はじめました。
「欧米人、特に、欧米の科学者という人たちが、何をベースに、思想を形成しているか分かりますか? 実は、彼らのベースにあるのは、聖書であり、キリスト教なのです。そして、私達、日本人も、間接的に、この思想の影響をうけているのです。直接のクリスチャンではなくても、間接的に、科学というものを媒体にして、聖書の思想を受け入れているのです。」
こう言いました。要するに、欧米人の科学者の中には、「ファンダメンタリスト(Fundamentalist)」、「根本主義者」と呼ばれる人が多く、彼らの思想の特徴として、「聖書の記述を、ほぼ100%事実だと信じている」ということだという話でした。そして、日本人の触れる「科学」というものは、ほとんどがこの「ファンダメンタリスト」のつくりあげた、「科学」だということでした。
「環境問題」というものは、もともとこういう思想をもつ科学者たちが、アメリカやヨーロッパなどで、問題にし始めたものだと言っていました。その問題の根本には、
「人間は、神に似せて創られた」
という聖書の記述が、元になっているそうでした。つまり欧米の科学者は、
「人間は、神に似せて創られたものであるから、現在のこの姿が、最高の状態である。それは、現在のような環境においてのみ、可能である。もし、その環境が、少しでも変化してしまったら、人間は、絶滅してしまうだろう。」
こう考えている人たちが、多いそうです。そして日本人も、皆そう思っているようです。「ファンダメンタリスト」は、「人間の肉体の進化」を、認めないそうです。
宮城先生自身は、「キリスト教」と「人類学的進化論」についての対立については、「わからない」という立場をとっていました。
アメリカでも、未だにこの問題は、決着がついておらず、極めて難しい問題だと言っていました。いろいろな解釈、見方があるようです。
ただ、どちらかというと先生は、「人間は、たとえ環境が、変化しても、もしかしたら肉体が、その環境に適応しながら変化し、生き延びるのではないか?」と考えていたようです。
私は、「クリスチャン」でも「人類学者」でもないので、どちらが正しいかは、分かりません。ただ、この「環境問題」を「問題」だとみなしているのは、どうやら「キリスト教文化圏」の科学者だけらしいということです。一種の「偏見」である可能性もあるわけです。これを知っただけでも、だいぶ気分的に、楽になるのではないでしょうか?
「なにがなんでも、地球の環境を守らなくてはいけない! 急がないと、大変なことになるぞ、絶滅していまうぞ!」
とういう気持ちで取り組むのと、
「地球の環境を守ることは、大切なことだ。でも、もし最悪の事態になっても、どうやら人間は、助かるかもしれない可能性もあるようだぞ。」
こう思いながら取り組むのでは、「心の余裕」が違うのではないでしょうか? 先生は、こうも言いました。
「もし環境が変わって、最悪な状況になったら、人間の肉体は変わるかも知れません。腕が三本になったり、心臓、胃、目などが四個になるかも知れません。でもそうなったも、私はかまわないと思っています。また、肉体に、そんなに執着しなくても、この世界には、実は、肉体のない生命体の方が多いのです。」
こういう「意味深」なことも言っていました。これが、先生のいう「勉強することによって、不安が軽減され、悩んだり、苦しんだりすることが、少なくなる」という例かもしれません。
二つめは、「活動的に生きる」ということでした。しばしば、私達が悩む場合は、「暇」なことが、原因になっていると言っていました。
例えば、昔先生が、ブラジルの奥地に行った時、そこに「子供を15人生んだお母さん」がいたそうです。ちょうどその日に、子供が一人、病気で亡くなったそうです。先生が、「悲しむだろうなー?」と思っていたら、そのお母さんは、子供が亡くなって、2時間は悲しんでいたそうですが、他の14人の子供達が、ひっきりなしに、「お母さん、お腹空いたー!」と叫び、あまりの忙しさに、悲しんでいる暇もなくなり、すぐに、明るさと元気さを取り戻したそうです。
これを逆に言えば、日本のお母さんが、子供が亡くなって、いつまでも悲しみ、苦しむのは、「子供が少なく、暇な時間がたくさんあるから」ということになります。
「長いこと苦しみ、悩むのは、暇だからです。そういう時は、スケジュールを無理してでも忙しくし、活動的な毎日を生きるようにしてください。」
こう言っていました。私自身は、「忙しい」という言葉は、「心を亡くす」という意味で、あまりいいことだと思っていないのですが、先生は、いいことだと思っていたようです。(しばしば、私とは、逆の哲学を述べていました。)
「勉強不足」と「暇」の二つが、日本人の悩みや苦しみ、悲しみの原因になっていることが多いと話していました。
そして、それを解消する方法が、「猛勉強」と「活動」だと言っていました。
確かに、私の友人達を見ても、「勉強好き」で「活動的」な人たちは、皆、幸せで、明るい人が多いようです。
「勉強」と「活動」を楽しむと、毎日、どんどん楽に生きられるようになるかも知れません。あたりまえのことかもしれませんが、やはり、大切なことだと思います。
私自身は、「読書」と「エクササイズ」によって、実践しています。
人によって、仕事やボランティア、趣味、スポーツなど、いろいろなやり方があると思います。
やはり、人生は、苦しいよりも、楽しいほうがいいですからね。(笑)
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