「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
いじめ 2 優柔不断 8/22/2001

インド神話にこういう話が、あるそうです。昔聞いた話なので、少し記憶違いもあるかもしれませんが、だいたい、こういう話だそうです。

昔々、インドに「阿修羅(アスラ)」という神様がいたそうです。学者によりいろいろな解釈があるのですが、別名が、「正義の神様」だったそうです。

ある日、「阿修羅」の娘が、「帝釈天(シャクラ)」という神様に、無理やり犯され、恋人にされてしまうそうです。この「帝釈天」という神様は、別名、「力の神様」でもあり、「最強の武神」だったそうです。

娘をレイプされた「阿修羅」は、完全に怒り狂い、この「帝釈天」に喧嘩を売り、戦い続けたそうです。しかし、「帝釈天」は、「力の神様」でもあるので、ムチャクチャに強く、何度戦っても、「阿修羅」は、負けつづけたそうです。

そうこうしているうちに、その娘の気が変わり、この「帝釈天」に惚れ、一緒に仲良く暮らすようになり、ついに、幸せな夫婦になったそうです。

ところが、そういう状況になったにもかかわらず、相変わらず、この「阿修羅」は、「娘の敵討ちだー!」と叫びながら、その「帝釈天」に喧嘩を売りつづけ、ことごとく負けつづけていたそうです。

その「阿修羅」の戦う理由は、ただ一つ、「自分が正義だから」だったそうです。

この神話の解釈は、、「正義を主張する人は、視野が狭く、独りよがりの人が多い」ということだそうです。つまり、「正義=視野の狭さ」だという考え方だそうです。興味深い思想だと思います。

そして、この「阿修羅」のような神様は、現代でもたくさんいます。(笑)

 

私が、高校生の頃、クラスに、ある友人がいました。

彼は、思慮深い男だったのですが、とてもおとなしく、けっこう皆から、馬鹿にされていました。私とは、わりと気が合い、よく遊んだり、話をしました。

ある日、彼の家に遊びにいったのですが、家庭環境に驚きました。

両親は、共に教師で、まじめでやさしい人たちだったのですが、その弟が、とんでもない奴でした。一つ年下らしいのですが、彼を「お兄さん」だと思っていないのです。完全に、彼をナメていました。

「オイ! 友達が、家に遊びに来たからといって、調子にのるんじゃないぞ!」

だとか、いきなり私達の目の前で、悪態をつくのでした。また、

「オイ! こんど舐めた口をきいたら、殺すぞ!」

こんな言葉を、実の兄に浴びせるのでした。こんなに酷い兄弟関係を、その時初めて見ました。

あまりの酷さに、呆れるやら、驚くやら、しばらく口がきけなくなってしまいました。その弟が、外出した後、私が、

「オイ、おまえみたいな男を見ていると、イライラしてくるんだ。おまえは、それでも男か? どうして何も言い返さないんだ? 兄貴だろ?」

こう言って、問いただすと、彼は小さい声で、

「俺は、この世の中のことが、何もわからないんだ。何が正義で、何が悪なのか、何が良くて、何が悪いのか、さっぱり分からないんだ…。今、弟から言われた言葉に対しても、本当はどういう意味があるのか、分からないんだ…。判断がまったくできないんだ。だから、誰から何を言われても、言い返すこともできないんだ。本当に自分は、ダメな男なんだ。優柔不断なんだ…。」

こう答えました。そういえば、彼の口癖が、「わからない」でした。

彼の「優柔不断」は、本当に友人達皆、「情けない」と内心思っていました。彼が、弟からいじめられている、根本原因が、どうやら、この「優柔不断」だということが、だんだん分かってきました。

また、彼が、インドの「ガンジー」の「非暴力主義」の思想をもっていたということも、だんだん話しているうちに分かってきました。私が、

「いいか、非暴力主義などという思想は、まやかしで嘘なんだ、ためしに、自分が今から、おまえを殴るから、耐えてみろ!」

こう言って、彼の「目を覚まさせる」つもりで、すこし強く、頭を叩き続けました。しかし、驚いたことに、私がどんなに殴っても、彼は、ずーと耐えつづけました。終いには、私の手が痛くなって叩けなくなってしまいました。

「あれ? もしかしたら、こいつは、皆が思っているような、情けない男なのではなく、本当に強い男かもしれないぞ?」

その時、初めて彼の「本当の強さ」に気が付きました。そして、彼の「優柔不断」の性格が、けっして、欠点なのではなく、「物事を誰よりも、深く、広く考えていた」ということが分かりました。私が、彼のことを、「情けない」と思っていたのは、実は、私のほうが、未熟で、視野が狭かったからだということに、ようやく気が付きました。

 

その後、13年たち、私が30歳になった時、「風の便り」で、彼の噂を聞きました。

その友人達の噂によると、彼は、高校を卒業して、大学の物理学科に進学して、その後、大学院から、ある物理学研究所に就職したそうです。

一方、彼を馬鹿にし続けていた弟の方は、犯罪を犯し、警察から全国に、指名手配され、逃亡中だと言っていました。

この兄弟の例は、「いじめ」の問題というものは、1年や2年などの短い期間で考えるのではなく、10年、20年単位で、「人間の成長」という観点から、気長に考えなくてはいけない問題だという、とても良い例だと思います。

人間は、「自分が絶対に正しい。自分は間違っていない。間違っているのは相手だ」と思う時に、相手をいじめたり、叩きのめすことができる場合が、多いようです。

 

 

 

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