「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
いじめ 9 生き地獄 8/31/2001

「このままでは、生き地獄になっちゃうよ…。」

昔、日本の中学生が、こういう遺書を書き残して自殺した事件がありました。そして、似たような事件は、今でもよくあるようです。

さて、中学2年になった私は、クラス変えで、また憂鬱な気分になってしまいました。なんと、大嫌いないじめっ子の、Kと、また同じクラスになってしまったのです。せっかく、「心機一転して、やりなおすぞー」と思っていたのに、また、案の上、「いじめ」は、続きました。

「いじめ」は、もうエスカレートして、よく殴られるようになりました。顔もよく、青黒く腫らして、家に帰りました。家に帰って、母から、

「イタル、どうしたの、その顔は? 喧嘩でもしたの?」

とよく聞かれました。でも、いじめのことは、話せず、

「友達と、キャッチボールしていて、ボールが当たったんだよ。下手だから、毎日、この調子なんだ。ハッ、ハッハ、ハッ…。」

などと、無理しておどけて、弁解していました。

どうしても、親には、言えませんでした。心配かけたくないという思いや、恥ずかしいなど、複雑な理由から、言えないのです。

よく、トイレで、泣いていました。でも泣いていると、いじめグループが来て、

「イタル、トイレから、出て来い! このナチブー(泣き虫)め!」

と怒鳴り散らし、出て行くと、また皆から、よってたかって殴られました。

もう、勉強どころではなく、よく、テストで、「0点」をとりました。先生が、

「オイ、トーマ! オマエは、アホか? オマエみたいなバカ、はじめて見たぞ!」

よくそう言われ、皆が、クスクス笑うのを聞いていました。

先生からも、母が呼び出され、

「おたくのイタル君は、失礼ですけど、多分、このままでは、どこの高校にも、進学はできません!」

こう冷たく言われました。担任の先生は、その頃、全く、いじめを知らず、

「他の学校では、いじめなどが、問題になっていますが、わがクラスは、いじめなど、全くありませんねー。皆、いい子で、先生、嬉しいです!」

などと、見当はずれなことを、授業中に言っていました。

「いじめ」というものは、先生が気が付く頃には、もう取り返しがつかない状況になっている場合が、多いと思います。

もう一人、別のクラスに、「ヒラヤマ」という奴がいて、私以上に、ひどいいじめを受けていました。

私とヒラヤマ君は、よく、皆から周りを取り囲まれ、「喧嘩」をやらされました。先生が来ると、皆、

「先生、ただのプロレスごっこです! 大丈夫です。」

などと言っていました。

このヒラヤマ君のいじめられ方は、酷かったです。食堂などに行くと、皆から、

「オイ、ヒラヤマ! 食え! 食わないと殺すぞ!」

と脅され、皆の、「唾」、「タン」、「鼻水」などを入れられたラーメンを食わされていました。また、彼の家は、両親がいなくて、病気のおばあさんと妹だけだったのですが、よく皆で、彼の家に行き、妹の前で、殴られていました。しまいには、彼の妹まで殴り、

「オイ、ヒラヤマ! 妹が殴られても、何もできないのか? 腰抜けが!」

こんなことを言われていました。よく「いじめっ子にも、人権や将来がある」という評論家がいますが、このようなひどい「いじめ」もあるのだということは、考えにいれておいたほうがいいと思います。

この話を、大学の頃、友人たちに話すと、皆一様に、

「どうして、止めなかったんだ? 誰も止めなかったのか?」

と質問されたのですが、一般的に、「いじめっ子」というものは、悪知恵が働き、「いじめられっ子を助けそうな強い子」がいる前では、まず、いじめをしないのです。よく、「いじめっ子など、俺がやっつけてやる!」などと頼もしいことを言う先生や生徒がいますが、彼らが「いじめの現場」に遭遇して、そういう「正義の味方」になることは、めったにありません。

そういう意味では、その当時、最弱の生徒だった私は、たくさんの「いじめの現場」、「人間の残酷さ」を見ることができました。私のような「弱い生徒」の前では、皆、安心して、本能を剥き出しにして、生の姿を見せてくれました。

私の家には、両親がいたので、私の家までには、彼らは来ませんでした。でも、よく、ヒラヤマ君が、夜の10時頃、家に来ました。そして、

「イタル、お願いだから、1000円貸してくれないか? 今日、あいつらに、お金渡さないと、本当に殺されるんだ! 助けてくれ!」

こう頼んできました。少ないこずかいから、1000円渡すと、

「ありがとう、この恩は、一生忘れないよ。おまえは、両親がいていいなー!」

こうつぶやいて、夜の闇に消えて行きました。

彼を恐喝しているグループは、全部で20人でした。私は、助けたかったのですが、彼らの暴力と人数を想像すると、足がすくんで動けませんでした。

「チクショウ! 強くなりたい! あの20人、全員をやっつけられるぐらい強い男になりたい! もし、自分が強かったら、あの連中、全員殺してやるぞ!」

そう思いました。生まれて初めて、人に対して、殺意を覚えました。そして、自分の「ひ弱な体」が、心底憎くなりました。

給食に唾を入れられ、食べられなくされたり、好きな女の子の前で、

「オイ、パンツを脱げ!」

などと言われたり、彼らの「いじめ」は、決してなくなることはありませんでした。

最後の意地のようなもので、学校だけは、休みませんでした。休んだ時点で、本当に「人生の負け犬」になってしまう気がしたからです。

「自殺」も考え、「この校舎から、飛び降りたら、楽になるだろうな?」などと、考えました。でも、母親が悲しむ姿を想像すると、それもできませんでした。

そのうち、お金を彼らに脅し取れれるようになりました。親の財布から盗み、彼らに、渡していました。最低の状態でした。

さすがに、同情してくれた友人がいて、とうとう担任の先生に密告してくれ、一部始終、学校側にわかってしまいました。

職員室に、私やK、他のいじめグループ全員が呼び出され、生活指導の先生と担任の先生を交えて、話し合いが行われました。

その時、担任の先生から、

「イタル君、先生、君の苦しみに全く気づかずにいて、ごめんね。」

とやさしい言葉をかけられたとたん、それまで、ずーと我慢していた感情が、爆発したように、ワンワン、泣いてしまいました。30分ぐらい、みっともないぐらい、その職員室で、泣きました。自分の情けなさと、世の中の醜さや汚さに対する、怒りの涙でした。

「ト―マ イタル」、14歳。20年前の姿です。

 

 

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