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10年前、24歳の時、沖縄から東京へ、就職のために、会社訪問に行きました。
1990年の秋でした。ちょうど姉が、東京の目黒で、アパート暮らしをしていたので、そこに1週間ぐらい、滞在しました。
人生には、「岐路」というような「節目」があるような気がします。つまり、
「もし、あの時、ああじゃなければ、今、こうなっていないな。」
と思えるような分岐点です。ほとんどの場合、それは、小さな出来事のようです。
姉のアパートにやっかいになりながら、会社の面接などを受け、見事、入社を決め、沖縄に帰ろうという前日のことでした。翌日、船で帰る予定だったのですが、出港が、午後遅くからだったので、最後の東京の夜を、のんびり楽しもうと、近くのスナックに、一人で飲みに行きました。
その時に、カウンターで、お喋りした女の子の名前が、「はるみさん」でした。
楽しくお喋りして、姉の家に帰り、翌日、電車で港に向かいました。そして、ある駅から、タクシーに乗りました。運転手さんに、
「晴海(はるみ)埠頭まで、お願いします。」
こう言いました。ところが、晴海埠頭に着くと、沖縄行きの船などなく、驚いてしまいました。そして、調べてもらったところ、「晴海埠頭」ではなく、「有明埠頭」だということが、わかりました。どうやら、前日、スナックで、「はるみさん」という女の子と、たくさんお喋りしたので、私の頭の中で、「晴海埠頭」という記憶違いが生じたようでした。(笑)
有明埠頭に着くと、もう船が、水平線の先まで、出て行った後でした。なんと、船に乗り遅れてしまったのでした。
姉の家に帰ってくると、姉から、さんざんバカにされ、怒られました。
次の船が、出港するのが、3日後だったので、どこか、見物に行こうと思いました。どこに行こうか、迷ったのですが、以前から、一度見学してみたいと思っていた、「トレーニング・ジム」がありました。
東京に、そのジムがありました。今はあるかどうか分かりませんし、名前も少し、違うかもしれません。
そこは、以前、格闘技の雑誌で紹介されていたのですが、市川さんという男性が、いわゆる「いじめられっ子」ばかりを集め、「ウエイト・トレーニング」によって、心身を鍛え、逞しくなった後、また実社会や学校に戻すという活動をやっているジム(施設)でした。
市川さん自身、中学でいじめをうけ、しかたなく途中で、学校を辞め、単身、ロサンゼルスに渡り、ウエイト・トレーニングによって、体と精神に自身をつけ、アメリカで、キック・ボクシングの全米ミドル級のチャンピオンになり、その後、そういう「いじめられっ子」を救済するジムを、設立したという人物でした。
新宿のそのジムに行くと、「ボスン!バスン!」という威勢のいい音が、聞こえてきました。除いてみると、何人かが、サンドバッグを殴ったり、蹴ったりしていました。全員、貧弱な体をしていました。バーベルを持ち上げている会員もいるのですが、軽いバーベルに、潰されそうになっていました。
しかし、私がそれまでに見た、どんなジムよりも、会員の皆が、真剣に練習していました。
オーナーの市川さんが、現れて、挨拶してきました。
「はじめまして、市川です。見学ですか? ところで、凄い腕をしていますが、なんのスポーツをされているのですか?」
こう聞いてきました。私が、パワーリフティングをやっていて、沖縄のチャンピオンでもあることを告げると、市川さんが、会員の皆に、練習を中断するように、言い、私の前に、全員集めました。そして、
「今日、トーマさんという、パワーリフティングの沖縄チャンピオンの人が、見学に来てくれました。トーマさんから、皆さんに、一言、お話してもらいましょう!」
こう言って、私にコメントを求めてきました。いきなりだったので、少し困ったのですが、一言、会員達に言いました。
「えー、はじめまして、トーマです。今日は、見学にきました。私もウエイト・トレーニングは、大好きで続けています。これは、心身ともに、最も確実に、強くしてくれる手段だと思います。確かに少しづつですが、確実に強くなります。根気よく、続ければ、必ずいつか、強い男になれます。遠回りのように見えて、実は、これが、強い男への最短距離にある道なのです。」
皆から、拍手がありました。それから、少し私の力技を披露すると、皆、純粋に、「憧れ」と「尊敬」の目で、見つめていました。
彼らが、懸命にトレーニングしている姿を見ていると、涙ぐんでしまいました。そこには、私の中学の時と、全く同じ姿がありました。一人で、部屋で、懸命に腕立て伏せをしていた頃の私です。皆、懸命に「強く生きる」という目的に向かって、汗を流していました。
市川さんは、会員の全員に、「プロティン・ドリンク」などを、無料でつくってあげたりもしていました。退会した会員は、一人もいないと言っていました。また、
「ト―マさん、彼らは、ここでトレーニングを辞めてしまったら、もう生きていく場所がないことを、知っているのですよ。人生の最後の砦なのですよ、ここは。ご存知のように、いじめられっ子は、何をやってもダメです。スポーツや格闘技で自信をつけようと思っても、そのスポーツや格闘技の場所でも、いじめられます。でも、ウエイト・トレーニングなら、一人でも、やる気さえあれば、続けることができます。また、ここは、そういう青年ばかりいるので、似た境遇どうし、すぐに友達になります。いじめられっ子というのは、友達が一人できただけで、かなり精神的に、強くなれるものですよ。」
市川さんは、こう話してくれました。
私は、それまで、沖縄のチャンピオンになった時点で、この競技を辞めようと思っていたのですが、また続けようと思いました。そして、この「ウエイト・トレーニング」というものが、単なる競技や健康やシェイプアップのためだけでなく、「精神を逞しく、強くし、幸福な人生をおくれる人間をつくりあげるのに、とても優れた手段の一つだ」ということに、改めて気がつきました。
もし、あの時、スナックの女の子の名前が、「はるみさん」ではなかったら、もしかしたら、パワーリフティングを中止して、また違う人生を歩んでいたかもしれません。「運命の神様」は、こうやって、さりげなく、イタズラをするものかもしれません。(笑)
実は、私は、次の自分の仕事を、「ウエイト・トレーニング」に関係した仕事にすることにしています。そして、多分、このように、「メンタル面」を重視した、「トレーニング・ジム」を経営するつもりです。
まだ、青写真の段階で、具体的なことは決まっていませんが、多分、小さなジムになると思います。でも、アメリカの最新のトレーニング理論を盛り込んだ、世界最高のジムができると、思っています。
もし、読者の皆さんの近所に、私のジムができたら、ぜひ、遊びにきてください。
次回、「いじめ・シリーズ」、フィナーレです。
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