「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
悪魔 2 祈り 9/18/2001

新聞やテレビを見ると、悪いニュースばかりですね。

さて、このシリーズで取り扱う「悪魔」という言葉ですが、とても広い意味で、定義しようと思います。宗教的な「サタン」や「悪霊」などの意味も含みますが、もっと目に見える現象、「戦争」、「テロ」、「虐殺」、「犯罪」、「喧嘩」、「悪口」、「病気」など、人間の価値観の中で、ネガティブだと思われていること全てを、考えてみようと思います。

映画の「エクソシスト」の中で、悪魔ばらいをする聖職者が、「祈り」の力で、悪魔と戦うシーンがありましたが、この「祈り」について、今回は、考えてみましょう。

「皆で祈れば、世界は変わる。全員が力を合わせれば、不可能はない。」

よく、こういう話を聞きますが、これを、少し考えてみましょう。

アメリカの数学者、「ケネス・ヨセフ・アロー」という人物が、30年ほど前に、大変興味深いことを、発見しました。

それ以前から、主に経済学という学問の中で、議論されたことで、

「社会は、個人の意識の集合体なのか? それとも、全く別の生命体で、別の意識をもった集合体なのか?」

という問題がありました。例えば、学者の中には、

「個人にとっては良いことでも、社会全体にとっては、悪いことなどたくさんある。例えば、貯蓄は個人にとっては、良いことだが、社会の全員が、貯蓄を始めると、経済が停滞してしまう。だから、個人の問題と社会全体の問題は、全く別次元の問題だと考えなくてはいけない。」

こう言う意見を述べる人たちがいて、長いことこの「個人」と「社会」の意識については、謎のままでした。この問題に、一石を投じたのが、アロー博士でした。

これは、「アローの背理(アローズ・ジレンマ)」と呼ばれ、アロー博士は、アメリカで、サミュエルソン博士と並ぶ、経済学者でもあるのですが、1972年に、これの発見により、経済学の部門で、「ノーベル賞」を受賞しています。以下が、それです。

仮に、3人の人間がいたとします。「太郎君」、「次郎君」、「三郎君」とします。

また、仮に、Aを「リンゴ」、Bを「ミカン」、Cを「バナナ」とします。

太郎君の頭の中では、彼は、こういう優先順位で、この問題を考えました。

A>B、B>C → A>C 

次郎君は、こういう優先順位でした。

B>C、C>A → B>A

三郎君は、こういう優先順位でした。

C>A、A>B → C>B

ここで、3人は、合理的に矛盾なく、物事を考えています。ここまでいいですね?

さて、全体の問題に目を向けてみましょう。

AとBについて、見てみます。

太郎君は、A>B だと思っていて、次郎君は、B>A です。三郎君は、A>B だと思っています。これをまとめると、Aの方がいいと思う人、二人、Bがいいと思う人、一人で、A>Bです。

BとCについて、見てみます。

太郎君は、B>C だと思っていて、次郎君も、B>C です。三郎君は、C>B だと思っています。これをまとめると、Bの方がいいと思う人、二人、Cがいいと思う人、一人で、B>Cです。

AとCについて、見てみます。

太郎君は、A>C だと思っていて、次郎君は、C>A です。三郎君も、C>A だと思っています。これをまとめると、Cの方がいいと思う人、二人、Aがいいと思う人、一人で、C>Aです。

この「AとB」、「BとC」、「AとC」の3つをさらに、まとめると、A>B、B>C、C>Aです。従って結果は、

C>A>B>C (バナナ>リンゴ>ミカン>バナナ)

となります。これは、数学的に、不合理で矛盾したものです。

これを、学者によっては、こう解釈する人達もいます。

「仮に、世界の人々全員が、合理的で矛盾のない平和というものを考えたとしても、世界全体という社会は、全く別の意識をもっていて、全く逆の不合理で、矛盾だらけの戦争という選択をすることもある。この私達の意識と全く関係なく動く、大きな意識体が、神や悪魔かもしれない。」

読者の皆さんは、どう解釈するでしょうか? また、上記の組み合わせは、絶対ではなく、組み合わせによっては、結果が合理的なものにもなります。ご自分で、紙などに書いて、確認してみてください。

これは、世界の人々の「祈り」が、戦争という大きな「悪魔」には、通用しないかもしれないという可能性でもあるのです。世界というものは、私達が考えている以上に、もっと複雑なのかもしれません。

逆にいえば、もしかしたら、戦争というものは、「黒幕」などの本当の極悪人や「悪魔のようなグループ」などいなくて、全員が「平和」を願っているのに、起こっている現象かもしれないともいえます。もし、そうなら、「犯人探し」や、「判断」、「裁き」などは、必要ないという考え方もできます。

私の考えのまとめとしては、上記のアロー博士の発見は、あくまでも「参考事例」であって、「数学」や「経済学」という学問の世界での概念として存在していて、現実の世界というものは、また違う「力学」で動いているのではないかということです。

「数学」や「経済学」も、人間の意識が創りだした産物です。だから、本当に、魂の奥底からの「祈り」は、きっと「神」に届くと思います。

私が言いたいのは、「祈り」は、あくまでも「心の底から」が、大切だということと、

「私達が思っているより、世界を変えるのは、難しくもあり、簡単でもあるかもしれない。」

ということです。

このような状況の場合、大きなことを考えるより、日常生活の小さな言葉、活動、行いが、案外大切かもしれません。私も、微力ながら、この事態に対して、何かやろうと思い、結局、このメルマガを書くことが、自分ができることだと、思いました。「戦争」という「悪魔」にも、「祈り」は、届くと、私は信じています。

 

 

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