「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
超常現象 8 超能力 2/8/2002

さて、「超能力」について、考えてみましょう。超能力にも、いろいろあります。私が、最初に、この言葉に触れたのは、子供の頃観た、「バビル2世」というアニメでした。その中で、「テレパシー」だとか、「サイコキネシス」などの言葉が、出てきて、ずいぶん、こういう能力に憧れたものでした。

「こんな能力があれば、なんでも思い通りにできて、人生が楽しくなるだろうな。」

いつも、こう思っていました。

 

「超能力」については、科学者の中に、否定する学者も多いのですが、最近では、積極的に研究したり、肯定的な見解を述べる学者も少しずつ増えてきているようです。科学者が、この研究を否定したり、嫌がったりするのは、超能力というものが、科学の対象として、あまり相応しくないものだからだと思います。

「科学」の対象になりやすいものは、「実験が、いつでも誰でもできるもの」や、「実験の結果が、いつ誰がやっても同じような結果がでるもの」などが、挙げられます。それに対して、「UFO」や「心霊現象」、「超能力」などは、実験をやろうと思っても、いつも出現してくれるとは限らず、また、「超能力」などは、実験者などの「想念」などが、実験を左右したりするので、誤差が大きく、「科学的」な結論が出にくいのです。

しかし、だからといって、全部、インチキかと言えば、そんなことはありません。やはり、「本物」もたくさんあるのです。

 

テレビなどでは、よく、マジシャンなどが、出てきて、「超能力のトリック」などを実演したりするのですが、確かに、トリックでできるものもありますが、全てではありません。例えば、トランプを使用しての超能力なども、20年ぐらい前から、マジシャンが、トリックを指摘するようになってから、欧米の科学者達は、実験において、「トランプ」や「ESPカード」を使用するのを止めました。それは、そうでしょう、トリックが関与する可能性がわかっていながら、これらの道具を実験に使用するようなそんな、オッチョコチョイの科学者など、ほとんどいません。(笑)

では、どいういふうに、実験するのかというと、コンピューターのメモリーに、記号や絵をランダムに組み込み、超能力者たちに、コンピューターの画面に現れる記号や絵を当てさせるというやり方をするそうです。これだと、インチキするような余地は、ほとんどなくなります。そして、この実験の方法で、正答率が、70%〜100%の結果をだす超能力者も、たくさんいるそうです。

私は、個人的に、テレビなどに、出演するような超能力者には、偽物が多いと考えています。本物も、もちろん出演していますが、基本的に、本物の能力者は、あまり、マスコミには、登場したがらないもののようです。本物が、出演する場合は、よっぽどの理由があって、出演するのだと思っています。

まあ、本当に本物の能力者であれば、「マジシャン」や「科学者」とも、一緒になって、実験したり、協力して何かをやることが、できる人だと思います。これからは、この三者が、いろいろと、いい意味で交流するべきなのではないかと、考えています。きっと、いい結果がでると思いますし、お互いに、収穫があると思います。

 

「超能力」の歴史については、これも「UFO」同様、人類の歴史を遡れば、遡るほど、頻繁に登場します。昔は、よく、「宗教」と結びついていたようです。

昔は、「魔術」や「錬金術」などと呼ばれていた時代もあったようです。現代の科学者の中には、これらを否定する学者が、多いのですが、これらの歴史は、ある時代を境にして、歴史の表舞台から消えているのですが、私は、これらの名前が、変わった延長線上のものが、現代の「超能力」や「パワーストーン」、「占い」、「願望実現法」などではないかと考えています。

この「魔術」や「錬金術」の書籍は、中世のヨーロッパなどに、たくさんあったそうなのですが、面白いことに、どの本も、最初の30ページぐらいは、あきらかにインチキや間違いだとわかるような、バカバカしい内容だったそうです。これは、おそらく、当時の権力者の目をくらませる目的と、その「ヒッカケ」を見抜ける眼力をもった人だけに、「奥義」を授けるつもりで、作者が書いたのではないかと推測されています。つまり、本当の「真理」は、30ページを過ぎたあたりから、始まったそうです。

ちなみに、この「錬金術」などは、「オカルト」とも呼ばれるのですが、この英語の「Occult」の語源は、ラテン語で、「隠された」という意味だそうです。

 

「常識」というものには、大きく分けて、二つに分けられると思います。「いつの時代でも変わらない普遍的なもの」と「時代とともに変化する常識」です。

例えば、聖書の中に、「モーゼが、海を真っ二つに分ける」という記述があるのですが、以前は、これの解釈を聖書学者たちは、

「これは、モーゼが、その当時、干潮の時期を知っていて、それを利用して、奇跡を演出したのだ。もしくは、そんな事実はなく、その記述は、なにかの象徴として、記述されているのだ。」

と言っていて、そういう学者が、「賢い学者」だというのが、「常識」でした。ただ、この常識の中には、「水が、真っ二つに分かれるわけはない」という、思い込みがあったのです。

しかし、1996年に、九州大学の理工学部の研究グループが、ビーカーの中にある水に、特殊な電磁波を与えることで、この水を真っ二つに分ける実験に成功したのです。この実験の後、聖書学者たちは、今までの「常識」を改め、今では、

「モーゼは、その当時、本当に、なんらかのパワーを利用して、海を真っ二つに分けたのかもしれない。」

と考えるようになっているようです。このように、聖書や神話の中には、真実だと思われるようなことが、たくさんあるということを、だんだん、最先端の科学が証明してきているのが、現在なのです。それまで、「非常識」だった考えが、「常識」になったりしているのです。

 

この世界の形成にしても、大きく分けて、「唯物論」と「唯想論(観念論)」があるのですが、20〜30年ぐらい前から、「素粒子」の研究が進むにつれ、「唯想論」が、事実だということが、だんだんわかってきているようです。

これは、簡単に言うと、

「この世界を形成しているのは、全て、私たちの想念である。」

ということです。そして、これが、全ての「本物の超能力」の根本原理のようです。

私たちは、大きく分けて、二つの世界に存在しています。「現実の世界」と「夢の世界(想像の世界)」です。

「夢」の中では、私たちは、何でもできます。夢の世界で、「スプーン曲げ」や「空中浮揚」などをやった体験をもっている人も多いと思いますが、目が覚めて、この「現実世界」で、それができなくて、悔しい気持ちになった人も多いのではないでしょうか? (笑)

この「夢の世界」は、完全に、「想念が、形や世界を創る世界」です。しかし、上記のように、「現実世界」も、だんだん同じような世界だということが、わかってきているようです。

例えて言えば、「現実世界」が、固体であり、「夢の世界」が、液体であり、さらに、「死後の世界」が、「気体」だと言ってもいいと思います。

「氷」と「水」と「空気」の違いのようなものです。これらは、形が違うだけで、本質は同じですよね?

「夢」という空間は、ほとんど「自分」が、創っていることを意識できるのですが、この「現実世界」という空間は、なかなか、それが意識できません。

「超能力」を発揮できる瞬間というのは、「この世界は、自分が、全て創造しているのだ」ということに、完全に、気がついている時なのだと、私は考えています。

面白いことに、「夢の世界」で、「スプーン曲げ」をやっても、その夢の住人は、誰も驚きません。しかし、この「現実世界」でやると、「超能力者」だと言って、皆、驚きます。この「現実世界」では、まだ、それが、「非常識」なのでしょう。しかし、時間の問題で、やはり、これも「常識」になる可能性は、大きいです。

私たちは、現在、そのシステムが、まだよくわかっていないので、「超能力」という言葉を使用しますが、近い将来、そのシステムが、完全に解明され、誰もが使用できるようになれば、それはもう、「常能力」になってしまうと思います。

 

「物質化現象」についても触れておきましょう。実は、これのほとんどは、インチキや偽物のようです。最新の物理学においては、「物質」の形成というものは、どうやら、「共同創造」で成立していることが、わかっているようです。これは、しばらくは、変わらない事実だと考えられているようです。

つまり、「ミカン」という物は、この世界に住んでいる全員が、「ミカンだ!」と深層意識のレベルで、認識するから、「ミカン」として、この世界に存在しているのだそうです。もし、これを、全員が、「リンゴ」だと思えば、理論上は、「リンゴ」に変わるシステムや原理が存在しているのだそうです。

この場合、大切なことは、たった一人が、「リンゴだ!」と思っても、「リンゴ」には、ならないそうです。必ず、「共同創造」の力によって、「リンゴ」に変わるそうです。この「共同創造」というシステムは、この世界における、ちょうど、ゲームのルールのようなもので、皆で、同意して、存在しているようです。

「赤信号、皆で渡れば、怖くない!」

という漫才のネタ(ビート・たけしだったかな?)が、昔ありましたが、これが、案外、この世界の「真理」を表しているのだそうです。

だから、これを逆に言えば、皆が、「ミカンだ!」と思っているのに、たった一人の人間が、「リンゴだ!」と思っても、「リンゴ」には、ならないということだそうです。一人が、ルール違反できるようなシステムではないそうです。

もっと、わかりやすく言うと、本物の「物質化現象」が、起こる時は、全員が、深層意識のレベルで、「物体が現れてほしい!」と思った時だけ、現れるようで、もし、一人だけが、「物体よ現れよ!」と念じたからといって、現れるものでは、ないようです。もし、一人でそれができるような人がいれば、それは、この世界にとって、「神」でもあり、「大変危険な存在」にもなります。

もちろん、そのシステムを完全に理解している人なら、それも可能なのですが、なかなか、意識して、それができる人間は、非常に少ないと思います。なぜなら、もし、その人間が、悪い考えをもった時、この世界そのものの存続が、危なくなるからです。だから、人間が、「物質化現象」をやる場合は、なにか、大きな力が働いた時だけだと思います。そして、なおかつ、それを、皆が望んだ時でしょう。

 

本物の「超能力者」の人達は、もちろん、現在もたくさんいますが、なぜか、万能ではありありません。あるレベルから、パワーが、制限されるようです。これは、その制限を乗り越えて、成長させるために、この世界を創った存在が、課題として、与えているためだと思うのですが、もう一つ、

「超能力というものは、ほとんどが、全人類の幸福のために働く。」

という原則があるようです。

有名な「エドガ−・ケーシー」なども、実験したそうですが、患者の幸福や、人類の明るい未来を祈って、超能力を発揮すると、その予知などの、的中率は、90%以上だったようですが、「エゴ」を出して、「競馬」などの「ギャンブル」に、その能力を使おうとすると、的中率が、70%まで落ちたそうです。(それでもすごいですね)

よく、「超能力の研究家」を名乗る学者たちが、「超能力の軍事利用」などを、強調するのですが、確かに、「軍事利用」は、あるようです。

日本人でも、私の知り合いで、「自衛隊に呼ばれて、実験を受けた」という人もいましたし、欧米諸国では、頻繁に、そういうこともやっているようです。

しかし、実際には、その「超能力者たち」は、「善いこと」にしか、パワーを発揮できないことが多く、また、欲望が少ないため、「権力」や「軍事」にも、非協力的な人ばかりだそうです。

 

たぶん、この世界も「夢の世界」のようなものだと思います。そして、この世界で、夢の中ような「超能力」が使えるのは、この世界を夢見ている、この世界を創造している、「なにか大きな存在」が、許可を与えた時なのだと思います。

「超能力」は、「この世界を善くしよう!」とか、「皆に幸せになってもらいたい!」と考えた時に、許可がおりることが、多いのだと、私は考えています。

 

 

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