「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
バシャール 7 チャネリング 6/16/2001

今、実はこのエッセイを書くのを止めようと思ったのですが、周りの人たちから、

「面白いから、もっと続けてください。」

と頼まれたので、続けることにします。やはり、アメリカはかなり進んでいますね。

今までさんざん馬鹿にされたので、実はまだ、あまり気が乗らないのです。(笑)

さて、コンタクトのあと、約1年間、いろいろな本を読みました。「数学」、「空間物理学」、「素粒子論」、「宇宙考古学」、「超古代文明」、「超心理学」など。

難しい高等数学なども、何故か面白いと感じるようになっていました。

ちょうど1年後、1992年10月17日、午前6時40分。場所は同じく、会社社宅201号室。

いつもの時間に起きると、

「YOYOというショップに、今日の午後6時50分に来てください!」

とまた、例の女性の声が、聞こえました。今度は、ヘッドホンをかぶり、ボリュームを全開にしたような、大音声でした。

その日は、会社の仕事を、早めにかたずけ、午後5時半に会社を出ました。

「どーした、トーマ? 妙にウキウキして、女の子とデートか?」

先輩が、からかいました。

「そーです。デートです。」(宇宙人とデートとは、言えなかった…。)

その当時、「YOYO」というニューエイジショップが、代官山にありました。(今は、大井町かな?) 以前から、好きでたまに通っていたのですが、その日は「招待」されたので、しかたなく行きました。

店に着いたのは、午後6時半でした。会場には、わずか12名。受付の人が、

「6時50分に、竹原小百合さんのチャネリングセッションが、始まるので、しばらくお待ちください。場所は、地下室です。」

と言われました。それから、

「どうして、今日ここに来たのですか?」

と聞かれたので、

「実は、朝、女性の声で、ここに来るように言われたのですよ。」

と言うと、

「ああ、あなたもそうですか? だいたい皆そうですよ。その声は、プレアデスの女性社会心理学者のサーシャですよ。バシャールのアシスタントです。」

と言われました。「バシャール」をチャネルする人は、他にも「関野あやこさん」など何名かいましたが、私には、竹原さんが合っていたのでしょう。

竹原さんが現れ、挨拶しました。そして、今日が最後のチャネリングだと、言いました。理由は、「バシャール」という宇宙存在が、民間レベルでの交流を止めて、地球の軍事に介入することにしたことと、世間からの誹謗中傷が、あまりにもひどくて、耐えられなくなったということでした。

「もう限界です! 耐えられません… 今日が最後です。」

そう言っていました。

その日のテーマは、「夢」でした。竹原さんが、トランス状態に入ったあと、バシャールが、憑依し、喋り始めました。

「皆さんが、宇宙大使として、地球の代表として、今日ここに集まったことを、嬉しく思います。今日は、楽しんでください。」

そう挨拶しました。

「あなたの人生を、夢の中で生きるように、自由に生きてください。夢を生きてください!」

と言った言葉だけ、覚えています。

Q&Aの時間になり、私の番になり、いくつかプライベートな話をしたのですが、驚いたことに、私のことを、よーく知っていました。幼稚園、小学校、中学、高校、大学、会社と、私が何をやり、何を考えてきたのか、皆知っていました。ずっと、見守っていたようです。

セッションを終えて、店を出ると、小雨が降っていました。そのセッションに、来ていた女性が一人、傘を持っていて、代官山の駅まで、傘に入れてくれました。私が、店に来るまでの、一部始終を話すと、

「実は、私も、その声に呼ばれて、今日来たのです…」

二人で、顔を見合わせて、大笑いしました。

川崎の駅に着いた頃、雨が止んでいました。雲の隙間から、ちょうど「オリオン座」が見えました。500光年離れているという、「バシャール」の惑星を思い浮かべていたら、急に涙が出てきました。

とても感動した夜でした。

 

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